満腹詩人ブログ

ぐっすり眠ってたらふく食らい、好んで味わうセンチメンタル。悩みらしい悩みもないのだけれど、幸せだとは思っちゃいない。ぼくもあなたも「まんぷくしじん」- まだ何を書いていくか定まらない多文量ブログ。

『風立ちぬ』うんちくであなたもモテモテ? - ポスターの飛行機と鳳翔さんのこと

f:id:hasusu:20130825154705j:plain


すでに挙げた『風立ちぬ』の記事で、取りこぼした小ネタをまとめました。
話の本筋にあまり関係のないネタバレを前提に、細かい話。

すでに見た人向き、そしてメカ系初心者向き!


前回記事はこちら
『風立ちぬ』をもっと味わう - 類い希なる音響表現と堀越二郎のその後について

●今回の記事の内容●

うんちく①
 ポスターで描かれている飛行機を知る。

うんちく②
 風立ちぬに登場する空母を調べる。

うんちく③
 映画で描かれなかった視点に気がつく。

うんちく④
 技術史的な側面から、最後の試験飛行の意味を見直す。

これらのポイントを通じて、
映画の背景をもっと豊かに感じ、
最終的にモテる?ことを目指します。

 

 

はじめに

公開から1ヶ月以上が経過し、
各所で大御所たちのコメントや解説も出揃い、
もうすでに語り尽くされた感のある「風立ちぬ」。


なぜか一人称を小生にして、
このブログでもすでに記事を書いた「風立ちぬ」。

 

時期も外れたし、
しょうがないかなーと思っていたんだけど。
前回記事でフォロー仕切れなかった小ネタを
まとめた下書きも実は結構な量がございまして。


このブログは、更新の日が空く割に
お蔵入りさせるネタが多すぎるようにも思うため、
雑な仕上がりになるかも知れませんが、
なんとか整えて公開することにしました。

だってMOTTAINAIでしょ?

 

可能な限り丁寧に書いてまいりますので、
メカ的なことにはまったく詳しくないけれど
「風立ちぬは好きだから知識を深めることにチャレンジしたい。」
という方に喜んでもらえたら、なおうれしいです。

 

今回も、一人称は小生でいってみようかと存じます。

 

 

ポスターの飛行機は零戦ではない。

初っぱなからケチを付ける感じになって恐縮ですが、
違うんだ、ラブなんだ。

 

この記事の最上部に、
「風立ちぬ」の映画ポスターの画像を
貼り付けてございますので、
見覚えのない方は改めてご覧下さい。

 

零戦を作った人の映画」とうたわれる作品のポスターに、
バーンと大きく飛行機が載っているんだから、
それは誰でも零戦だろうと思いたくなるのが
人の子の性ってもんだと思うのですが。

 

とても印象的な図案ですから、
「実はあれは零戦じゃないんだよ!」
と博識振りを発揮できたら、
きっと明日からモテモテだと思うのです。

 

・・・それでは詳しく見て行きましょう。

 

すこし分かりにくいかも知れませんが
こちらの文庫の表紙をご覧下さい。
著者堀越二郎の文字の上のあたりにあるのが、
零戦が正面を向いているイラストです。


零戦 堀越二郎 - Amazon

 

プロペラがあるところが機体の胴部分で、
「零」と「戦」の文字の間に、左翼が伸びています。

 

そして、こちらがポスターの飛行機の部分。
翼の形にご注目ください。
f:id:hasusu:20130825160746j:plain
ポスター画像、左上の飛行機の部分

 

ね、ほら。
これはちょっと、違いすぎるよね。
翼の付け根がちょっとこう、ね。

 

零戦はまっすぐだけど、
ポスターのやつはクイクイってなってるね。

このポスターの飛行機を、
零戦と呼ぶにはちょーっと無理がありそうですよね?

 

こうなったらポスターの飛行機について、
ちゃんと確認してみましょうか。

 

 

ポスターの飛行機は九試単戦

零戦とは違うのはなんとなく分かった。
でもじゃあポスターのやつはなんなんだ?って話になってますね。

 

記録を調べてみましたところ、
そしてよーく形をみましたところ、ポスターのあれは、
『きゅうしたんざせんとうき』で間違いありません。
九試単座戦闘機、略して九試単戦です。

 

写真があります。
今回も翼に注目してみましょう。
f:id:hasusu:20130825163236j:plain
九試単座戦闘機 - wikipedia

 

ほーら、翼がクイクイってなってるでしょう。
反対側もちゃんとクイクイなってるでしょう。

 

ポスターに描かれた飛行機の
翼の形と、これなら同じに見えますね。
やっぱりポスターの飛行機は、零戦ではなかったのです。

 

このクイクイ↗の翼の形には名前があって、
「逆ガル翼」といいます。

逆ガル翼 - Wikipedia

 

「ガル翼」というのは「カモメの翼」のことで、
逆ガル翼というのはそれを逆さまにした形だということです。
f:id:hasusu:20130825175449j:plain
ガル翼 - Wikipedia

 

ガルウィングなんて車のドアもありますね。
写真の車はデロリアン、上方向にドアが開いています。
f:id:hasusu:20130825175837j:plain

ガルウィングドア - Wikipedia

 

 

作中で完成した飛行機こそ九試単戦

いま話題にしているポスターが
どこのシーンからの引用か、
すでに映画本編をごらんになった方は、
お分かりになりますでしょうか?

 

そう、映画のクライマックス、
作品内で最後の試験飛行の場面こそ、
あのポスターの図案の元になっているシーンです。

 

あの映画のなかで二郎がようやく完成させ、
クライマックスのビューンと飛んだ飛行機は、
零戦ではなく印象的な逆ガル翼を持つ
「九試単戦」だったのです。

 

そしてあのシーンのあと、
カプローニさんとの夢の中で、
ふたりの頭上をぶわーっと飛んでいく
たくさんの飛行機が「零戦」です。

 

映画の中で零戦が開発されるシーンというのは、
一度も登場しませんでした。

 

零戦を作った男の零戦を作らない映画。
「風立ちぬ」をそういう風に呼ぶこともできるのであります。

 

 

映画のなかのふたつの技術的飛躍

さて、二郎の手がけた飛行機に注目して、
映画の流れを見直しますと
大きな技術的飛躍が2回、
起こっていることがわかります。

 

分かりやすいのは「九試単戦」と「零戦」の間の飛躍です。

 

「九試単戦」の試験飛行から、
最後の夢の時期、終戦の頃を想定すると、
およそ10年は経っていると見当がつきます。

 

記録に基づき、それぞれの飛行機の
初飛行の時期を比べても、4年は経過しています。
この部分の飛躍は、映画本編においても場面が
急激に切り替わるところですから、大変目立ちます。

 

一方で、いまひとつ分かりにくいのが、
「九試単戦」と、その前の試験飛行の間にある、
技術史的な飛躍です。

 

映画ではそのタイミングから
軽井沢のシーンが始まるなど、
ストーリーがじっくり描かれているところですし、
九試単戦のシーンもクライマックスにあたりますから、
かえって長い時間が経ったように感じます。


しかしその前の試験飛行から九試単戦のシーンまでは、
史実では2年ほどしか経っていないのです。

 

戦闘機、それも第二次大戦頃のプロペラ機に
興味が持てない人にとっては、
ますますどうでもいい話になっているかとは思いますが。

 

このあたりの話はすごくモテ力高めだと思うので、
小生、なお力を込めて紹介して参ります。

 

 

たった1年あまりで性能が向上した理由を考える

最後の試験飛行のシーンの描写から、
九試単戦はこれまでの飛行機よりも、
性能がグーンと向上したんだろうなあ
というようなことは、なんとなく想像はつきますね。

 

映画を観ていると、そのような偉業が、
二郎の才能とがんばりだけで
達成されたような気になります。

 

でもそんな技術的飛躍を、
たった1年あまりで起こすことは、
果たして可能だったのでしょうか?

 

実は、「風立ちぬ」の映画本編では
直接触れられることがありませんでしたが、
二郎が素晴らしい性能の次世代戦闘機を
完成させらるようになるような
背景の変化が起こっていたのです。

 

二郎の所属する会社に、
新型飛行機の発注をしていたのは海軍でした。

 

先に結論を述べますと、その変化とは
戦闘機設計の発注元である海軍が、
「優先して達成したい性能のために、
これまでこだわっていた性能のいくつかを諦めた」
ということです。

では、海軍がこだわっていたポイントとはなんでしょう?
それは「いま持っている空母で運用できる飛行機であること」です。

 

映画の中から、その手がかりを探してみましょう。

 

 

「風立ちぬ」に登場する空母

さすがは宮崎駿御大、このエピソードを
間接的に裏付けるような材料だけは、
ちゃんと本編で登場していました。


それがこちらのシーンです、空母登場!f:id:hasusu:20130825185614j:plain
youtube内、予告編動画からのキャプチャ

 

二郎が黒川さんが飛行機で、
海の上の船に乗り込むシーンがありましたね。
あのシーンで二人の乗った飛行機が着艦したのが、
上の画像の『鳳翔』という名の空母です。
「ほうしょう」と読みます。

 

「空母」というのは「航空機母艦」の略称です。
上部甲板が滑走路になっている船のことです。
滑走路になっているので、
船の上から飛行機を飛ばすことができます。

 

「鳳翔」はなんと日本で初めての、
そして世界で最初に完成した「空母」なのです。
鳳翔(空母) - Wikipedia

 

紹介している画像では、
飛行機が3機しか見えませんが、
船の甲板の真ん中当たりに注目してください。

 

先頭の飛行機の、前方足下のあたり。
長方形の模様が見えるでしょうか?
f:id:hasusu:20130825221436j:plain
鳳翔の甲板。キャプチャ画像を拡大したもの


この四角い模様の部分は、

飛行機のためのエレベーターになっています。
エレベーターを使って、飛行機を船の内部に格納します。

 

甲板に並んでいるのは3機だけですが、
もっとたくさんの飛行機を載せられるのです。
鳳翔は全部で20機ほどの艦載機を運用することができました。

 

ちなみに、このシーンで登場している飛行機は、
だいぶデフォルメが効いていますが、
「一三式艦上攻撃機」という機首なのだそうです。

一三式艦上攻撃機(いちさんしきかんじょうこうげきき) - Wikipedia

 

「一三式艦攻」のように、
翼が二段構えになっているようなタイプの
飛行機のことを「複葉機」と言います。
複葉機は第一次大戦の頃の戦闘機としては
国際的にもスタンダードな形でした。
複葉機(ふくようき) - Wikiedia

 

 

描かれなかった空母運用の視点

二郎と黒川さんが日本の空母を視察する場面では、
鳳翔から飛び立とうとする「一三式複葉機」が、
飛び立ち切れずに甲板の端から
海に落ちるという描写がありました。


映画の文脈の通りに観るならば、
「飛行機の性能が悪いから」うまく飛びたてなかった、
という解釈になっているはずです。

 

だから二郎は飛行機設計をがんばらなければ、
という動機の描写につながるんですね。

 

しかし、起こっていたことをもう一度整理してみると、
映画では注目されなかった文脈に気がつきます。

 

あの空母視察のシーンでは、
「飛行機」が「空母」から離陸しようとして「失敗」していました。

 

「飛行機」が「失敗した」を追う視点が
風立ちぬの二郎のストーリーだとするならば、
「空母」が「失敗させた」を追う視点も
あってよかったはずなのです。

 

そして「空母が失敗した」を追うストーリーは、
史実ではちゃんと存在していました。

 

ここからはすこし飛行機の話題を離れて、
当時の空母についてさらに
調べてみることにいたしましょう。

 

ますますモテ力の高そうな話題になってきました。
・・・よね?

 

 

小柄な鳳翔さん

映画に登場した「鳳翔」や、
その後の空母について調べてみますと、
鳳翔の空母としての前世代的な特徴が浮き彫りになります。

 

それは、鳳翔が1930年代当時の空母としても
かなり小ぶりな船であるということです。

 

鳳翔の全長は170m足らずでした。

 

「風立ちぬ」で描かれていた1930年代当時の海軍は、
250m前後の空母も完成させていましたが、
鳳翔をはじめ、全長が200mに満たない空母も、
たくさん保有していました。


1940年代に竣工した正規空母の「瑞鶴」や「翔鶴」が
いずれも全長250mを超えていたことを念頭に考えると、
200m未満というサイズは次の世代の空母と比べて
かなり小さいということにはご納得いただけるのではないでしょうか。

 

※全長差のイメージ図、左192cm 右145cm。


結婚報告会見 - 女性自身

 

でも空母が小さいということは、
飛行機の離陸と、いったいどのような関係あるのでしょう?

 

 

「空母が小さい」は「滑走路が短い」

船の上、人を乗せたり物を置いたり、
空母の場合は飛行機を載せたりする部分のことを、
甲板(かんぱん)といいます。

 

「船が小さい」ということは、
基本的に「甲板も小さい」ということです。

 

飛行機には、飛び立つために、
助走を付けるためのスペースが必要です。
このスペースのことを「滑走路」と呼びます。

 

「空母の甲板」は「滑走路」です。
「空母の甲板が小さい」ということは、
「滑走路が短い」ということを意味するのです。

 

 

小さな空母で運用できる高性能な飛行機とは

「滑走路が短い」ということを、
飛行機目線から機能的に言い直すと、
「離着陸に飛行機が滑走できる距離が短い」ということです。

 

十分な速度が出なければ、飛行機は飛び立てません。
空母から飛び立てなければ、
滑走路が途切れた先の海に落ちてしまいます。

 

空母から落ちないように、
「短い距離で離陸できるかどうか」は、
海軍にとって大変重要なことだったのです。

 
海軍としては、今ある空母は手放せない。
しかし新しい飛行機は性能を向上をさせなければならない。

 

だから次世代の戦闘機は、
出せる速度はもっと速く。
飛べる距離はもっと長く。
ただし、滑走距離は今まで通りに短く。

 

実は、低速で離陸できる飛行機の形は、
高速で飛ぶのには不向きです。

 

低速で飛び上がるためには、
翼が受ける空気の量を増やさねばなりません。
しかし高速で飛ぶためには、
翼が受ける空気の量を減らさねばなりません。
両方を達成するのが困難なことは明らかです。

 

海軍の要求が、このような矛盾をはらむ
大変難しいものであったため、
日本の新型戦闘機の開発は、
ますます難航していたのです。


※恐縮している様子の「小さい空母」鳳翔さん。

艦隊これくしょん - Kadokawa Games

 

 

もう空母に飛行機を合わせるのはやめよう!

海軍の無茶ブリが原因で、
煮詰まりつつある次世代機の設計に、
やがて一石が投じられました。

 

それは「高性能な飛行機を必要なのだから、
まずは高性能な飛行機を作ることを優先し、
完成した飛行機に合わせて空母を運用しよう」
という考え方です。

 

この発想の転換をもたらした男こそ、
後の連合艦隊司令長官
「やってみせ 言って聞かせて させてみせ
ほめてやらねば 人は動かじ」の言葉で有名な、
山本五十六だと言われています。

 

山本五十六のこの提言によって、
次世代戦闘機の設計に対する海軍の無茶ブリは
ぐぐぐっと緩和されることになります。

 

これが、映画「風立ちぬ」の時系列でいうと、
ちょうど軽井沢のシーンの頃に起こったことです。

 

本編では直接触れられることはありませんでしたが、
まさにこれから映画のラストに向かうというタイミング、
軽井沢での菜穂子との邂逅の裏側では、
二郎が美しい飛行機を作るために、
絶好の条件が整いつつあったのです!

 

 

まとめ

映画のラストで、
二郎がようやく完成させた「九試単戦」は、
その後3年の開発期間を経て
「九六式艦上戦闘機」として生産配備されました。

 

本日のまとめとして、
九六式艦戦の勇姿を画像で確認してみましょう。


1/32 九六式艦戦 - Amazon

 

・・・あれっ、ほとんどクイクイしてないね・・・?

 

調べて観ますと、逆ガル翼は、
九試単戦の試作二号機の時点で、
すでに不採用になっていたようでした。
(映画のポスターは試作一号機。)

 

逆ガル翼はもともと、
飛行機の角度を上向きに保てることで、
低速からでもより飛び立ちやすくするためであるとか、
プロペラを地面から高く保てることで
しまえない脚をより短くし軽量化できる、
といった狙いでために採用されていたようです。


今回の記事で紹介した話から想像するならば
海軍の無茶ブリ要求が引き下げられたことにより、
あまり低速での離陸にこだわる必要がなくなって、
不採用になったということもあるかも知れません。

 

あるいは、逆ガル翼では飛行機の強度に問題が出るとか、
より飛行時の安定性を保つために離陸時の利点は捨てたとか、
不採用にすれば生産工程で余計な加工を減らせる恩恵が大きかったとか。
想像は尽きません。

 

想像は尽きませんが、
すでに長大になっているエントリー、
そろそろ公開ボタンを押しまして、
お蔵入りを防ごうと思います!

 

細かいところのツッコミや、
逆ガル不採用の真相の情報など、
たくさんあるかと存じますので、ぜひお寄せください。

 

特に、メカに詳しくない方が読んで頂いた際、
分かりにくかった点などございましたら、
コメントやツイッターなどから是非教えてくださいませ。

 

あと、ホントにモテたという方からの
喜びの報告もお待ちしてまーす。

 

長文のご読了に感謝申し上げます。
それじゃあ、またね!

 

 


違うんだ、愛なんだ

1/700 特シリーズ No.51日本海軍航空母艦 鳳翔 昭和14年 (1939年)

1/700 特シリーズ No.51日本海軍航空母艦 鳳翔 昭和14年 (1939年)


作ろう、鳳翔さん

載せよう、九六式艦戦

1/48「風立ちぬ」二郎の鳥型飛行機

1/48「風立ちぬ」二郎の鳥型飛行機

二郎の鳥飛行機